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2005年11月1日(火曜日) 16:12
ガーンジーの伝説[1]
カテゴリー: - xoopsadmin

ガーンジーを着た男 セーターは今日ではニット製品の代表のようになっているが、その歴史は意外に新しい。かつてニット製品の代表となっていたのは、なんと言っても靴下だった。ウエアは色々な素材の縫製品があるが、今でも靴下は基本的にメリヤス編みの編製品である。縫目を許さず、伸縮性が必要な靴下にとって現在においても編物に取って換わる素材はないのだ。

その手編み靴下産業を壊滅させたのは、編機の発明だった。瞬く間に手編み製品は駆逐され、手編みという産業はほとんど消失した。しかし、産業革命の恩恵の及ばないイギリスの漁村では、手編み製品の価値は失われなかったし、たとえわずかであれ現金収入の得られる手編みは女性たちの重要な技巧として伝えられてきた。このように漁民の労働着として各地で編まれたセーターがガーンジーセーターである。

20世紀になって伝統ニットブームが起き、手編みセーターは産業として華々しく復活するのだが、これを可能としたのは、海の女たちが編み継いできたガーンジーセーターの技術であり、多種多様の手編み製品を作ることができる彼女たち自身でもあった。

今日、伝統ニットと呼ばれるフェアアイルやアランセーターは、この頃に急速に産業製品として仕立てられたもので、それほど長い歴史をもっていない。しかし、ひとりガーンジーセーターのみはその地域性・多様性において特出しており、今日でも愛好家・研究家を魅了してやまないのだ。

ガーンジーセーターは、中細位の極めて拠りの強い毛糸を使い、色は濃紺が基本である。シルエットは体にフィットした形であり、現在の長袖の下着のようにも見える。編目は極めて密で風を通さない。

このようなガーンジーセーターの特徴は、労働着としての必要から生まれたものであるが、このために地味で着心地も良くなく、伝統ニットとしての人気は少ない。おそらく本格的なガーンジーセーターを日本で着れば暑過ぎて、ゴワゴワし、長く着たいとは到底思えないだろう。

地に足が着いたようなガーンジーセーターだが、怪しげな伝説はある。その一つが、海難に会った夫の身元確認を行うために、妻があらかじめセーターの一部に意図的な間違いを仕込んでいたというものだ。この話は有名だが、私たちはあまり信用できないと思っている。まず、夫が水難に遭うという事態を予想して、妻がセーターを編むだろうか。これ自体が信じ難い。それに、編物をしたことがあれば分かると思うが、自分の編んだセーターは一目見れば分かるものであり、模様も自由に作れるのだから、あえて間違いをしなければ見分けがつかないということ絶対にない。また、ガーンジーセーターは何度となく修復されて利用されるのだから、修復痕も一枚のセーターの特徴となるはずだ。なぜあえて別のマークが欲しいと思うだろうか。

ただ、そのような動機を別にすればセーターを編み上げる際になんらかの印を編みこむということは考えられる。一枚のガーンジーセーターを編み上げるには大変な時間と手間がかかる。今でもオリジナルラベルを作って手編み作品に付ける人がいるのだから、どこかにサインとして自分のイニシャルとか、記号のようなものを編み込むことはあったかもしれない。

実際に海難にあった漁民が漂着したというような場合、歯型やDNA鑑定がない時代を思うと、そのセーターの特徴によって身元確認を行うということは多かったのだろう。また、その際自分の印があれば、夫の無事を最後まで信じたい妻も納得せざるを得ない決定的証拠となったかもしれない。しかし、そうだとしてもそれは妻があらかじめ恐ろしい事態を想定して行った行為を意味するわけではない。

広範囲かつ長期間にわたる手編みする妻たちの心をすべて推し量ることはできないのだから、何が正しくて何が間違いと一概には言えない。それでも、私たちは妻が夫の水難の身元確認用にガーンジーセーターに印をつけたというのは、伝説に過ぎないと思う。彼女たちは、夫の無事を祈念するための模様なら編んでいる。ちょうど今日のライフジャケットを付ける場所に何重にも渡って縄編みが編み込んであるガーンジーセーターを見ると、その思いが伝わってくるような気がする。これで十分過ぎるだろう。

ガーンジーセーターというと、エリスキーガーンジーのような緻密で凝った模様のものが浮かぶが、それはどちらかというと特殊な事例で、時代を遡るほど、単純な模様のガーンジーが増えるようだ。写真のガーンジーは、1900年のものだが、胸から上は鹿の子模様のような編み方で、その下は単純なメリヤス編みである。ガーンジーの模様に関しても色々と伝説の彩りがあるのだが、それらも大部分は後世に作られたものであろう。ただ、編物をしている人なら分かると思うが、単純なメリヤス編みが延々と続くよりは、少しでも縄編みなどがある方が楽なのだ。段が数えやすいという利点もある。また、お互いの競争意識も働くだろうから、徐々に模様編みが発達してきたのだろう。しかし、基本となるガーンジーは決して凝ったニットではない。

労働着として位置付けられているガーンジーだが、フィッシャーマンにとってガーンジーは誇り高き正装でもあったようだ。簡単に写真が撮れない時代であるにも関わらず、このようなガーンジーセーターを着た男たちの写真が多数残っていることからも分かるように、海の男たちにとって颯爽とガーンジーを着こなす自分とは、何よりも格好よい姿であったのだ。


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2005年11月2日(水曜日) 14:43
ガーンジーの伝説[2]
カテゴリー: - xoopsadmin

夫婦のポートレート

昨日のガーンジーセーターの伝説は、長くなりすぎたのでいったん終わらせた。今日はその続きを書く。

ガーンジーセーターに意図的に間違いを入れたという伝説は、「海の男たちのセーター」 (とみたのりこ著 日本ヴォーグ社1989) にも次のように掲載されている。

パターンに特徴を持たせる以外にも、彼女達は誰にも明かさず、一目だけのまちがいを作ったという。どこに作ったかは彼女だけが知っている。それは、自らの手のとどかない危険な場所に最愛の人を送り出す女の、願かけにも似た行為だ。と同時に、彼の最後の装束になるかもしれない衣装を自らの手で作り上げる女の、悲しい、しかしきっばりとした決意のしるしであったのかもしれない。

「海の男たちのセーター」は、ガーンジーセーターの研究書として世界に誇れる素晴らしい本だ。特に著者自らが各地におもむき、直接関係者から取材しており、さまざまな資料がオールカラーで紹介されているのは、海外書籍まで含めてもまったく例をみない。

しかし、引用した文章は前半は伝聞、後半はとみたのりこ氏の推測であって、事実の取材ではない。とみた氏が取材した頃はすでにガーンジーセーターの伝統は死滅状態であり、博物館で目にかかるものでしかなかった。著者はやっと今も実際にガーンジーセーターを着ているフィッシャーマンに出会ったとき、喜びのあまり上着を脱がせているほどだ。

したがってこの伝説が本当かどうかを直接取材して確認することはできなったはずであり、だからこそ「…作ったという」と、間接的な表現に留めているのだろう。

しかし、この話は直接イギリスに取材しているもので、もっとも伝説の出所に近いもののように思える。ここからさまざまなバリエーションが広がっていったのではないだろうか。

この話には興味深いところが2点ある。一つは、「一目だけの間違い」で、もう一つは「彼女だけが知っている」という点だ。ここから、ガーンジーセーター伝説の真相を推理してみたい。

まず、「一目だけの間違い」という点だが、これは当然「その気になれば一目の間違いもなく編める」ということを前提にした話だ。しかしこれは可能だろうか。ガーンジーセーターは昔のニッターにとっても手間暇のかかる作品だ。それを、時には仕事の合間、また別の時には薄暗い闇の中で編んだ。ゆっくりと楽しみながら編んだわけではない。平均して2週間で一着を編み上げたというから、細切れの時間を使ったにしては驚異的な速度である。

過去のニッターの実力がいかにすごかったと言っても、万単位の数におよぶ編目のただの一目も間違えないということがありえるだろうか。彼女たちも人間、万に一つの過ちはあったと考えるのが自然だろう。

さて、模様編みセーターを間違えた経験のある人であれば、それがどのような意味を持つか、言われるまでもなく分かるだろう。たった一目であっても間違いはものすごく気になるのだ。その作品を見るたびにその部分に目が行く。それは10年経とうと、20年経とうと全く変わらない。セーターを見るたびに「あぁ、ここさえなければ」と思う。どれほど悔しいか、編物をしない人には想像もできないだろう。他の人には全く分からない些細な間違いであっても、自分だけはその傷が拡大鏡で広げたようにものすごく大きく感じるものだ。

私たちのように趣味で編んでいてもこうである。まして、ガーンジーの故郷であれば作品の意味は全く違うのだ。結婚が決まったカップルは、女性が男性にガーンジーを送る習慣があり、新郎はそのガーンジーセーターを結婚式で着る慣わしになっていたという。さらにそのガーンジーには「ブライダルシャツ」という特別な名前があったそうだ。

「ブライダルシャツ」ともなれば、一世一代の大仕事だろうが、そうでなくても夫の誇りと妻のプライドがかかった大変な作業である。そこに間違いをしてしまったと分かったときの衝撃と後悔は想像するに余りあるではないか。おそらくこれは誰にも打ち明けられなかったかもしれない。これこそが、「彼女だけが知っている」という伝説の2点目に繋がるのではないだろうか。

もちろん、そのような間違いは濃紺のガーンジーでは簡単に見つかるものではなかっただろう。しかし、もしも夫が自分のガーンジーの間違いに気付いたとしよう。妻はどう言うだろう。笑って、「間違っちゃったのよぉ〜。ゴメンネ〜。」と言うだろうか?いや、おそらく言えなかったのではないだろうか。しかし、間違いを認めないとすれば、どうなるか。必然的に、それは故意に編んだとしか言いようがないではないか。例えばこういったかもしれない。そしてこのような言葉が、男をして今日まで伝わる伝説を残さしめたのではないかと思うのだ。

「女はね。夫の安全を願ってわざと間違いを入れているの。」

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2005年11月5日(土曜日) 19:52
ファアアイルの伝統[1]
カテゴリー: - xoopsadmin

orange.jpg

突然だが、左の画像は何色に見えるだろうか。この画像は、日本語と外国語(岩波新書 鈴木孝夫著 1990) の中表紙にある写真の色に似せて作ったものである。著者、鈴木孝夫教授の調査では日本人の7割弱が茶色と答え、赤土色、褐色、セピア、ココア、レンガ色などという回答もあったそうだ。上記の著書によると、この色はアメリカの車メーカーの色見本が元になっており、それはオレンジ色に分類されているらしい。

鈴木教授は、日本人にとってどう見てもオレンジ色に見えない色がアメリカのorangeには含まれているということを発見したときのことを次のように記している。

教授は、アメリカにいた際、猛烈な吹雪に襲われ、レンタカー会社に電話をすると、10分ほどでオレンジ色の小型車が迎えにいくと返事をもらった。しかし、なかなか車は現れない。

二十分近くなったとき、ハッと気がついた。さきほどから、少し離れたところに茶色の車が停まっていて、一人の男がこちらを窺うように見ているのだ。これだと思い、駆けよって行くと、果たしてそれが私のレンタカーだった。長く待たされて見るからに不機嫌そうなその男に、オレンジ色の車が来ると言われていたので判らなかったと言うと、男は平然として、この車はorangeだよ、と答えたのである。

英語の orange が必ずしも日本語のオレンジ色に一致しないということが、在米経験も豊富な言語学者の鈴木教授であっても長い間判らなかったのだ。この本には他にも虹は七色か、林檎は赤いか緑か、太陽の色は何色か、イギリスの靴店になぜ靴べらがおいていないか、等々、興味の尽きない実例が出てくる。著者はこれらの例の後にこのように言う。

外国の文化、それも外国人の考え方、そして風俗・習慣の目に見えない部分というものは、以上述べたように、部外者にはたとえその国を訪れても、いや長年住んでさえも、偶然の幸運に恵まれないと、なかなか理解の糸口が見るからないものなのである。
しかも常にどこか違うはずだ、何かが隠れているに違いない、という緊張と問題意識を持っていないと、せっかく見えた切口も見逃してしまう。

鈴木教授は、常々単に異文化と触れ合ったというだけで、「国際理解」が深まるというような安易な考え方に警鐘を鳴らしているのだが、このような実例を並べられると、実に説得力がある。

さて、「フェアアイルの伝統」というこのブログのタイトルで中身を想像しつつ、ここまで読まれた方の中には、いったい何の話をしているのかと、苛立っている人もいるかもしれない。実は、日本語と外国語のオレンジとorangeの話に似たようなことがフェアアイルと Fair Isle にも当てはまるのではないかというのが、今回の趣旨なのだ。

黒ゆきこのフェアアイル・テキスト しかし、フェアアイルは地名ではないか。誤解の余地などあるだろうか?日本人の一般的なフェアアイルのイメージは、例えば右図のような編み込み模様を使った伝統的なセーターや小物というものではないだろうか。あるいは、 シェットランド博物館 にあるようなものが、フェアアイルセーターの典型というものであろう。

私達が、フェアアイルセーターが好きだとか、嫌いだとか、あるいはフェアアイルが編めるとかいう場合に、頭の中にはこのようなフェアアイルセーターのイメージがあるのではないだろうか。調べたわけではないが、おそらくこれが日本人の共通的なフェアアイルのイメージだろうと思う。

NHK世界手芸紀行[1](ニット,レース編) は、シリーズのトップにフェアアイルを取り上げている。この取材エピソードを読むと非常に興味深い。

最後に残った候補地がフェア島でした。地図を開くと、イギリスの北、オークニー諸島とシェットランド諸島の間の北海にポツンと描かれた、点のような島、フェアアイル 、その響きにはなぜか私たちの心を引きつけてやまないものがあります。

要するにフェアアイルニットとは、文字通りフェア(アイル)のニットという理解なのだ。だからこそNHK取材班は万難を排して「イギリスの中で、もっとも行きにくい島」フェアアイルへの取材を敢行する。、フェア島のニットこそ純正のフェアアイルニットと考えれば、フェアアイルセーターとは必然的に伝統的なイメージにならざるをえないし、またそのように期待する。それはフェアアイルという言葉の響きに込められたロマンでもあるのだ。

このようなイメージを持った日本人が、洋書を買う際、Fair Isleと書いてあれば、こういう作品が載っているものと思うのだが、実際に購入してみれば、似ても似つかぬセーターにFair Isleという名前がつけられていることに驚くことがある。そういう本に出会うと、「こんなフェアアイルでもないものにFair Isleという名前をつけるとは」まったくフェアでないと出版社のでたらめさに憤慨したくなるのだが、これこそまさに、オレンジ≠orange の悲劇である。

実は、英語のFair Isle は日本人がイメージするフェアアイルも含むが、それだけにとどまらなず、編み込み模様全般に使われるのだ。まさかと思う人もいるかもしれないが、例えば初心者向けの編物技法書であるVogue Knitting Quick Reference: The Ultimate Portable Knitting Compendium の第5章、Color Knitting のところを開けてみれば、ちゃんと横に糸が渡る編み込み技法の章名がFair Isle Knittingとなっている。ちなみにもう一つの糸が渡らない編み込み技法はIntarsia(インターシャ:象嵌細工の意)という名前で載っている。つまり、広義のFair Isleとは、糸が渡る編み込み技法の総称なのである。

これは別に怪しいことでもなんでもない。ガーンジーセーターにしても、それはガーンジー島のセーターという意味はなく、ある形式のフィッシャーマンセーターの総称である。ジャージーにいたっては、ジャージー島のウエアとは、まったく無関係な衣類の名となっていると言ってもいいだろう。

ガーンジーやジャージーと比較すれば、フェアアイルはまだオリジナルの意味が失われていない方だと言える。フェアアイル=フェアアイルに固執するのは、日本人の自由であるが、Fair Isleという語は必ずしもそのイメージを備えていないことは、海外書籍やキットを購入する上で是非とも知っておきたい知識なのだ。

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2005年11月7日(月曜日) 19:58
魅惑のヴィンテージニット

vintage knits 今日の話は、フェアアイルとも関係するのだが、カテゴリは「ヴィンテージニット」とした。ヴィンテージニットとは、いつ頃から言われだしたのかはっきりしないが、左記のVintage Knitsが発売された2002年には一般的な言葉として通用していた。

vintage とは、もともとワインの製造年の意味だが、やがて古くて良いものの形容詞に変化した。私達はあまり詳しいほうではないのだが、いかにオールドヴィンテージといっても100年以上前のものはあまりない。

要するに、ヴィンテージニットとは、ぼんやりと、ここ100年以内の出来がよいニットを指すと考えてよいようなのだ。左記の本は、1940年代〜1950年代のものを取り上げている。確かにこの頃のニットには力がある。日本がポツダム宣言を受諾したのが、1945年8月15日だから、アメリカ・イギリスなどの戦勝国は長い戦争の圧迫の後に訪れた開放感の時代であったのだろう。日本が塗炭の苦しみにあえいでいた頃に、これほどまでのニットデザインが出回っていたのかと思うとなんとも複雑な気持ちになるほどだ。

私達にとって、ヴィンテージの当たり年は、30年代〜50年代だ。この頃の作品は本当にたまらない。今の日本のニットデザインが最高のデザインとなんとなく思っている人は、この頃の作品の完成度に打ちのめされるかもしれないとさえ思う。今後、「ヴィンテージ」カテゴリでは、ゆっくりオールドヴィンテージニットの魅力を紹介していきたいと思っている。

Scotish Fair Isles 最初に紹介したいのは、前回のフェアアイルの話を引き継いで、Scottish Fair Isles パターンだ。このパターンは、前回話したようにフェアアイルというジャンルを狭く考えれば、許せないと思うような作品ばかりだ。表紙からして半袖ニットだ。まったく伝統に反している。しかし、編み込み模様ならなんでもフェアアイルとよんで、ええじゃないか、と心を広く持って見ると素晴らしい作品ぞろいだ。

このパターンのタイトルは「スコットランドのフェアアイル」となっている。フェア島はスコットランドの領有でもあるから、一読したところでは「北海道の千島」とか「長崎県の五島」という意味に読めるが、前回のブログを読んだ方の中には、ISLESの最後の S を見逃さなかった人もいるかもしれない。そう複数形だ。このフェアアイルは固有名詞ではなく普通名詞になっている。つまり、フェア島ではなく「いわゆるフェアアイル作品」という意味である。全部を通じて意訳すれば「スコットランドの編込作品集」である。

作品は、スコットランド地方の名前にちなんだ作品名となっている。しかし、これもその地方の伝統模様を使ったというわけではないだろう。あくまでもこれらの地名を着想としたか、単に借用しただけのように思える。

DumFries 一番に注目したのは、左の作品だ。作品名は、DumFriesである。そう、サンカ手袋のサンカがあるダムフリーシャー州の名前がつけられている。よく見ると、サンカ手袋で使われるミッジ・アンド・フライを分解したようなモチーフとなっている。偶然だろうか?それとも、やはりサンカのイメージを借用したのだろうか?全く分からない。しかし、作品全体の感じはサンカのようなクラシックな雰囲気とは似ても似つかないイメージだ。パターンを読むと、使われている色はWhite, Scarlet, Navy の3色となっている。真っ白な地色にネイビーの縁取りとミッジ・アンド・フライ模様、それに朱色の薔薇模様が裾・袖・ヨークに配されているようだ。ウエッジウッドの陶器を思わせるフェミニンで清楚なフェアアイルカーディガンだ。袖付けはドロップショルダーのようだが、肩パッドでも入っているのか綺麗にパターンが水平になっている。袖付け部分でパターンをうまく繋げているのはお見事。日本人にも似合いそうなデザインだから、クラシックなロングスカートとあわせれば、ちょっといいところのお嬢様に見えるかもしれない。

このカーディガンは、細身でウェストシェイプもしっかりと取っているし、素肌に着るもののようだから、糸も伝統に逆らって、シェットランドヤーンよりは、細めのメリノで編みたいところか。インストラクションを見ると、指定糸は、伝説のPatons Beehiveで、Fingering,3Ply となっている。パピーの3Plyあたりで代用可能か。伝統のフェアアイルカーディガンとこのヴィンテージフェアアイルのどちらに軍配を上げるかは読書自身の判断にゆだねよう。

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2005年11月9日(水曜日) 20:00
スワッチ vs スウォッチ
カテゴリー: - xoopsadmin

私たちが編物ホームページを開いてから5年を越えたのですが、私たちがホームページのコンテンツを書いていたころは、特殊だったため悩んだことが、今では普通になっていることがあって驚くことが出てきました。「英文パターン」なども、私たちが pattern を勝手に訳した言葉ですが、そのころは、「英語で書いてある…」とか、「k とか pとかで説明している…」とか、はっきりした名前はありませんでした。

それよりもっと驚くのは「スワッチ」です。この言葉は私たちがノースリーブセーターの編み方で使うまで、手編みの世界ではあまり一般的ではなかったと思います。よく聞いたのが「ゲージを編む」という言葉ですが、編んだ物の寸法がゲージですから、ゲージそのものを編むことはできません。粗探しのように聞こえるかもしれませんが、私たちの手元にある日本ヴォーグ社の書籍の中を探しても「ゲージを編む」というような表現は一言半句も出てきません。出てくるのは、「ゲージをとる」という言葉だけです。

しかし、「ゲージをとるための試し編みをする」とかでは冗長となりますので、つい中抜きして「ゲージを編む」としてしまうのでしょう。しかし、こういう表現をしているうちに、どうも試し編みの編地そのものをゲージと呼ぶものと誤解する人が増えたのではないでしょうか。

ですから、「ゲージを編む」という間違った表現が減り、「スワッチ(swatch:生地見本の意)を編む」という表現に変わっていくことはいいと思うのですが、このカタカナ表現は散々迷った経緯があるだけに、複雑な気持ちになります。

swatch をどうカナ表記するかですが、時計の Swatchは、 スウォッチジャパンが正式社名です。 Swatch は、 S - watch でしょうから、watch はどうかといえば、セイコーはセイコーウオッチ株式会社が社名でした。ウォッチという表記も結構使われています。

では、ワッチは少数派かというと衣料関係では、ワッチキャップという定番商品があり、これをいまさらウォッチキャップと呼べば、頭に時計がついた帽子とおもわれるかもしれません(そんなことはないかなぁ)。このワッチキャプの元は、船員言葉のワッチ(見張り)から来たのだと思います。ワッチのときに被る帽子ということでしょう。

船員用語からの派生か、watch が時計でなく「注意深く見る」「監視する」という文脈で使われるときはウオッチではなく、ワッチが使われる事例が多いようです。なんと無線などを注意深く「聞く」場合にも「ワッチ」という言葉が使われています。ですから、日本では「ウオッチ=腕時計」「ワッチ=監視」というような使い分けがあるようです。もちろん「街角ウオッチ」などという表現もありますから、厳密なものではありません。さすがに腕時計をワッチとは言わないようですが。

私たちが「スワッチ」というカナ表記を選んだのは、私たちの知る範囲では、業界で生地見本を「スワッチ」と呼ぶのが一般的だったためですが、手編みの世界に業界用語を持ち込む必要があるわけでもなく、 swatchならやっぱり「スウォッチ」が普通ではないかと、悩んだ挙句に「スワッチ」と表記しました。

ちなみに、swatchの a の部分の発音記号は aですから、アメリカ発音ならはっきりしたア、イギリス発音ならオに近い発音です。

今日 googleで「スワッチ」を検索してみると、現時点で、トップこそ生地店のようですが、2番目が私たちのサイト、それ以降も編物関係らしき文章がずらずらと出てきています。どうも、インターネットで「スワッチ」を一番多用しているのは編物愛好者のようです。それとも最近の手編み愛好家は作品をそっちのけでスワッチばかり編んでいるのでしょうか?(笑)

生地関係ではまだまだ少数派ですが、生地見本を「ファブリック・スウォッチ」などと表記する店もでてきました。「ワッチ」が船員用語であるように、「スワッチ」がそのうち手編み愛好者の独特の表記法と呼ばれる日がこないだろうかと(それほど本気ではありませんが)気になったりします。あのとき、もし私たちが「スウォッチ」と表現していたらどうなっていたのでしょうか。やっぱり業界用語の「スワッチ」に収束していったのか、それとも「スウォッチ」も市民権を獲得したのか。「スウォッチ」ならまかりまちがっても編物サイトが検索の上位にくることなどありえなかっただろう… などと意味もなく思い返したりしています。

なぜ、今日こんなことを書いたかですが、現時点で、あまり vintage knit という表現 (1900年代の古い名作ニットという意味で)が日本の手編み界は流布していないからです。先日、私たちはちょっと迷って「ビンテージ」ではなく「ヴィンテージ」という表記を使いました。 これは watch=ワッチ よりはよほど一般的に使われていますので、さほど違和感はありませんでしたが、 vintage knit が日本ではヴィンテージ・ニットとなるか、はたまたビンテージ・ニットとなるか、それともバラバラか、または「熟成編物」とか翻訳されるか(まさかね〜)、先のことを考えてみても、こればかりは全く分かりませんね。

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2005年11月12日(土曜日) 20:02
フェアアイルの伝統[2]
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KnittingbyTheFireside フェアアイルの起源に関しては、アルマダ海戦によりスペインからもたらされたという説が最も有名だろう。アルマダの海戦は、日本人にはなじみが薄いが、イギリスにとっては、スペインから海上覇権を奪い取った歴史的な海戦であり、日本の元寇などよりもはるかに重大な歴史の分岐点となった戦闘だ。

戦術の世界史というホームページを見ると、130隻でイギリス侵攻した当時無敵を誇るスペイン艦隊は結局66隻しか帰港できず、戦死者2万名近くを出した。海戦場所から見ると、フェア島はかなり北になるが、錨を失った船が漂着する可能性は十分あるようだ。

アルマダ伝説とは、この海戦で難破したスペイン兵がフェア島に漂着し、島民にフェアアイルニットを伝えたというもので、いかにも眉唾な雰囲気だが、今でも結構信じられているらしく、事実のように記している本もある。しかし、これを史実とする証拠は全くない。アルマダ海戦は1588年だから、事実だとすればフェアアイルの誕生は16世紀終わりの出来事になる。

次にフェアアイルの起源を語る上でよく出てくるものは、ガニスターマンだ。ガニスターマンとは、1951年にシェットランド島のガニスターで発掘された男性の屍体のことで、多色編み込みのコインケースを持っていたことから、フェアアイルの起源に関連付けられている。コインケースには17世紀のコインが入っていたことから、17世紀にはフェアアイルニットが存在したのではないかという説がある。

「海の男たちのセーター」(とみたのり子著 日本ヴォーグ社1990)によると、とみた氏はアルマダ海戦説を伝説と退けつつ、「十七世紀後半には、こうした多色使いの編込み技法が、シェットランドに存在していたことが立証されたわけである。」と記述している。この記述は誤解を招きかねない。「編込み技法が、シェットランドに存在」が立証されたというのであれば、このコインケースがシェットランド製という意味にとるのが自然だからだ。しかし、ガニスターマンがシェットランド人であるという確証がないことは、「むしろ彼自身がそういったヨーロッパ大陸からの人であることも、十分考えられる。」と、とみた氏自身も書いてあるとおりで、このコインケースがシェットランドで作られた証拠はまったくない。シェットランドの編物史である、Knitting by the Fireside and on the Hillside (Linda G. Frayer 1995) でも、下記の引用のとおり、シェットランドで編まれたものかどうかは、不明としている。はっきり言えることは17世紀の終わりに、シェットランドにすでに高度に洗練された多色編み込みが紹介されていたことだと書いてあるが、まさにそのとおりであろう。

lt is not possible to tell if these garments were knitted in Shetland − the presence of foreign coins in the man’s purse proves nothing about his origin but it does prove categorically that knitting had reached a high degree of sophistication and skill by the end of the seventeenth century and was seen in Shetland.

フェアアイルの起源についてのこれ以外の説については次回以降に紹介したい。

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2005年11月17日(木曜日) 20:10
ガーンジーの伝説[3]
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パーティ

ガーンジーセーターに意図的に間違いを編み込んだという伝説について2回に渡って記した。私達の考えは、もしそれが事実としても、意図的なものというよりは偶然によるものか、カタルシス効果を狙った創作なのではないかというものだった。もちろん、これは推測であり、実証されたものではないが、それは伝説そのものについても言えると思っている。

今回は、このような伝説を生み出すもっと大きな背景を考えてみたい。それは、「妻が夫に編む」というキーワードではないだろうか。ガーンジーセーターが非常に多様な地域的バラエティを持っていたということは事実であり、これは、ガーンジーセーターが流通商品でなかったことの証明でもある。実際、ガーンジーセーターの編み手の多くはフィッシャーマンの妻であった。この部分は伝説ではなく事実であるが、しかしこれを敷衍しすぎるのはいかがなものだろう。

例えば、「21世紀初頭の日本では、妻が夫のために手作りの料理を用意した。」というような記述は、事実に基づいた記述かもしれない。しかし100年先の人が、「妻が夫に愛情を込めて作った手料理」と、書いたとすれば、そこにすでに伝説の萌芽が見られるとは思わないだろうか。もちろん、これは一度作ったカレーを3日続けて晩御飯に出すのは、愛情がこもっていると言えるのか言えないのか、というような話ではない。

それぞれの家庭には家ごとに違った事情があり、家族一人一人には他人とは違った物語がある。それらを大雑把にならし、全体に対して「愛情」という形容詞をつけることは、現在を生々しく生きている人間には抵抗感が強すぎるだろう。

しかし、本来の形のガーンジーセーターは、歴史のかなたに消え去ってしまった。残っているのは博物館に収められた標本だけだ。過ぎ去った物語に思いをはせるとき、そこにロマンチシズムが忍び寄ってくるのを防ぐことは難しい。かくして、「妻が夫のために一目一目心をこめて編み上げたガーンジーセーター」という伝説が確固として出来上がる。

しかし、ロマンチックな大波が通り過ぎた後に、ふとこう思うことはないだろうか。「妻がいない男たちはどうしたのだろう」と。

ガーンジーセーターは、フィッシャーマンにとって無くてはならない労働着である。ガーンジーは、海の男たちを波の飛沫から守り、冷たい季節風から体温が奪われることを防ぐために欠くことのできない防具だ。これなしに漁師を続けることはできないのだ。

よく考えると、未婚の男性のみならず、妻が病弱な夫、妻に先立たれた男やもめ、など妻にセーターを編んでもらえない男は沢山いたはずだ。イギリスの漁村では、さまざまな事情で男女の比率がアンバランスで男性が少ないことが多かったらしいが、それでも、不幸な境遇にあった男は少なくなかったはずだ。

もったいぶらずに言えば、実に単純、彼らは金でガーンジーを買ったのだ。ちゃんと相場の金額が記録に残っている。 1900年の記録によると、ガーンジー1着の値段は、17.5ペンスである。現在の日本円に直すとわずか、1800円程度にしかならない。

もちろんこのような内職用ガーンジーと、妻が夫用に編むガーンジーとでは気合の入れようが違い、模様も変えたということは想像できる。

しかし、家庭には愛情と同時に経済も必要不可欠なものであることは、過去も現在も変わりがない。編物の歴史を見渡しても、編物から経済の影がなくなったことはほとんどなかった。それはごく最近まで似たような事情であり、私たちの祖母や母親の年代の人も、家族だけではなく、頼まれれば内職的に編物をすることは結構あったように記憶している。

夫に先立たれた妻にとっては、そんな程度ではなく、編物は非常に重要な現金収入の手段であったらしい。仲介組織もあったようで、女性はノルマとして、少なくとも二週間に一枚は編み上げることを求められたという。お金のために編む編物は、趣味の編物とは全く別物で、苦行というに等しい。ガーンジーセーターの伝説も近づけば近づくほど現実の重さが模様となって浮かび上がってくるような気がする。

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2005年11月20日(日曜日) 20:12
ガーンジーの伝説[4]
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エリスキー風ガーンジー 写真のガーンジーセーターは、たた夫が○十年前に編んだガーンジーです。毛糸は、ごく普通の日本製のもので、ゲージは本来のものよりは若干大きいです。何かの本を見て編んだものですが、どの本だったのかは覚えていないようです。これより前にアランセーターなども編んでいて、それらはすぐに貰われていったのに、このガーンジーだけは、地味な上に妙にぴったりしたシルエットで着心地もよくないため、まったく貰い手が現れず、手元に残りました。かさばるので、何度か捨てようとしたらしいですが、まぁ、これくらいはいいかという感じでいまだにキャビネットの奥深く眠っていたのです。今回、ガーンジーの話をブログで書いているうちに、ふとそういえば一着家にもあったっけ、ということを思い出して休みに奥のケースを引っ張り出して写真に撮ったのがこの一着です。

とっくの昔に焼却場の煙となっていたかもしれないセーターですが、このブログの一ネタのために生きながらえていたのかと思うと、いとおしくなりますね。(笑)

改めてみると、見事にエリスキー風ですな〜これは。全体は輪編みで、脇のガジェットもあるし、脇から拾い目をして袖口に向かって編んでいく技法もガーンジーそのもの。ほとんど伝統手法に近い編み方です。

胸のベルト風模様の部分の上下で模様が違っているところも、なかなか本格的というか凝りすぎという感じです。

脇の下 脇の下は、ニシンの骨の透かし模様になっています。さすがにフィッシャーマンセーターというところ。二本の骨がつながる部分の処理がちょっと怪しいですが、まぁ、確かに、ここはなかなか難しいところですね。

妻に編んでもらえなかったフィッシャーマンがこのように自分で編んだかということですが、記録に残るほど一般的ではなかったのか、まだそういう記述には出会っていません。どこかに一着くらい残っていると面白いと思うので、見つかったら新しい伝説が生まれるかもしれない、いや、私達が強引にでも作ってしまおう、と二人で話しています。(笑)

100年の時を越えて、1800円でオークションに出してみるのも、面白いかと考えたりもしたのですが、なにしろただでさえ貰い手のなかったものですからねぇ・・・

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2006年3月10日(金曜日) 19:48
編物倶楽部を開設
カテゴリー: - tata-tatao

このサイトのオープンまで、5ヶ月もかかってしまいました・・・。 :cry: しかし、まだどうも安定していない感じもあるので、もしかしたらすぐにメンテナンスで停止したりしないといけないことになったりして・・・ :evil:

ここは、たた&たた夫の編物入門の別館、読者参加型サイトたた&たた夫の編物倶楽部です。とりあえず、サーバを集約するために、たたログはこちらに置いてますが、もし読者の投稿でここがいっぱいになるようでしたら、別の場所に引越しさせようと思っています。あまり投稿がないようでしたら、またプライベートサイトとして模様替えしたいと思っています。

編物倶楽部のメインは、編物Wiki です。このためだけに、読者参加型サイトを構築してみようと思い立ったと言ってもいいくらいです。Wikiをご存じない方は、何をどうしたらいいか分からないかもしれません。私たちも、完全に方向性を決めているわけではありませんが、いろいろと考えていることはあります。それについては、提案してみたいので、賛同される方がいらっしゃいましたら、どんどん参加ください。

編物Wikiの書き方についてのヘルプは、Wikiの中にもありますが、別途ヘルプを作ろうと思っています。

長いこと編物と直接関係のないサーバ構築ばかりしていて、拷問のようでした。とりあえずそれも一区切りがつき、これからコンテンツを書いていける環境ができたので、私達自身もとてもうれしいです。時間があれば、これからここで楽しんでいきたいと思っていますので、読者の皆さんも遊べそうと思う場所があれば、どんどん遊んでください。どうぞよろしくお願いします。 :lol:


2006年3月13日(月曜日) 19:51
編物Wiki「世界の編物」
カテゴリー: - tata-tatao

編物Wikiの企画として、「世界の編物」というのを考えてみました。

色々な国にお住まいの方が、その場所の編物事情を報告しあったら結構面白いのではないかという考えで企画しました。また、日本も広いので、色々な事情の違いがあるかもしれません。そういう発見があったら楽しいと思うので、近くのちょっと面白いお店や、編物事情などを簡単にでも書いてみてください。例えば、沖縄県の場合、編物シーズンは何月くらいから始まるのかとか、どこで毛糸を買っているかとか、逆に不自由していることとか、そんな情報共有ができたら楽しいと思いませんか?私達が今回書いた世界の編物の「日本」のところは、こんなソースです。

[[世界の編物]]

*日本

**国全体の概要

:年代: 広範囲ではあるが、年配層が多い。 :性別: 女性の趣味とみなされる。しかし、広瀬光治、嶋田俊之、橋本治など男性ニットデザイナーも大活躍。 :編み方:フランス式とアメリカ式では、7:3くらいでフランス式が多い。 :編み針: 竹製・プラスチック製が主流。輪針は金属製もあるが、棒針ではあまりない。 :編み糸: 冬は毛糸が中心。夏は、化繊糸・綿糸・麻糸なども使われる。 :ショップ: かつては商店街に一つはあった時期もあるが、今では少なくなり、専門店・通販ショップに移行してきている。 :作品: マフラー・手袋・セーターなど衣類が主流。かぎ針編みでは編ぐるみも人気がある。 :教育: 寒い地方では今でも義務教育に編物がある?(情報求む) :団体: 財団法人として日本編物文化協会・日本編物検定協会などがある。後者は編物検定試験を実施。 :出版: 日本ヴォーグ社・雄鶏社・ブティック社などが主な出版社。 :メーカー: 毛糸メーカーでは、ハマナカ・ダイヤ・カネボウ・スキー・パピー・野呂栄作ほか。手芸用品としてはクロバー社がある。 :機械編み: 手編み以上に衰退している。 :シーズン: 10月〜1月がオンシーズン。 :デザイナー: (日本を代表するニットデザイナーと思われる人をここに書く)

**地方別 :兵庫県: 神戸市内にユザワヤ三宮店・土井手芸店・ユニオン、があり、毛糸の入手においては恵まれている。 編物教室は神戸市内ではあまり見かけなくなった。ユザワヤで編んでいる人は全体的に高齢の方が多い。 ただし、クリスマス前に土井手芸店の地下に行くと、必死でマフラーを教えてもらっている若い女性が沢山いることもある。 出身ニットデザイナー 嶋田俊之。

結構Wikiの書き方って、簡単でしょ? * は大見出し、** は中見出し、: : ではさんで、説明用の文字、今回はこれだけしか使っていません。これで、ちゃんと「日本」というページになるのです。このソースをコピーしてちょっとアレンジして、[世界の編物/アメリカ] とか、[世界の編物/トルコ] とかの名前で書き込めば、すぐに「世界の編物」の一覧表の目次に現れてきます。 編物Wiki内はコピーも真似も自由ですから、どんどん人の書いたソースをコピーして真似してください。

編物の話も読んでるだけではなく、書いてみればきっともっと楽しいはず。自分が好きなニットデザイナーさんを:デザイナー:の後にでも書いてみたらどうですか?また、これでは不十分と感じるところがあれば遠慮なく書き足してみてください。気に入らないところは書き換えてもらって結構です。 :hammer:

それでは、皆さんのご参加をよろしくお願いします。あ、長文を書く場合は下書きをメモ帳とかでしておいてくださいね。直接書くと、タイムアウトでサーバに拒否されて、書いた内容がなくなってしまうことがあります。 :cry:


2006年3月18日(土曜日) 16:15
楽々編図化計画 その1
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今、編物Wikiで「文字編図」というのを提案しています。これは、普通の文字で編図と同じ情報を表現するという方法です。この方法は、文字が書ける環境であれば編図を表現できるので、メールでも、単純な文字しか認められていない掲示板でも、編図を伝達することができるので、有効な表現方法ではないかと思っています(等幅フォントという制約はありますが)。問題は、文字を編図に翻訳して読んだり、編図を文字に変換して書いたりする手間があるので、標準化されていないとこの変換の負担が大きくなり、普及しないだろうと言うことです。「文字編図」がどこまで市民権を得ることができるかは全くわかりません。

「文字編図」は一つの有力な案として、これとは別のアプローチも考えています。それは、編目記号フォントです。編目記号をフォント化し、そのフォントを使って編図を作れば、完全な編図を手軽に作ることが出来るわけです。しかも、情報量(サイズ)も「文字編図」と同様、非常に小さいものとできます。サーバの負担も大きくありません。このアプローチの難点は、フォント指定が効かない場所では解読が困難なテキストになってしまうこと、利用者のパソコンにあらかじめフォントをインストールしておかなければならないこと、など利用できる場所が限られてしまうことです。

htmlに関しては、ダウンロードフォントという機能があり、そのホームページを表示する際に必要なフォントがダウンロードされるために、パソコンにフォントをインストールしていなくても、フォントが有効になるという機能があり、これを使えばホームページ上で自由に編図を表現することが可能です。しかし、非常に残念なことに、この機能はインターネットエクスプローラでしか使えません。

ここから先は、インターネットエクスプローラでない方には非常に申し訳ないのですが、もし、ダウンロードフォントを使えばどのように編図を作れるかをテストしたいと思います。

kkkkkkkk
kostok
kkkkkkkk
pppppppp

いかがでしょう?・・・・・・ぴんとこない方もおられるかもしれませんが、実は上の編図は図形ではなく、次のような文字の組み合わせです。つまり、表目(k)は、kという文字、裏目(p)は、pという文字をそういう特別な形をしたフォントで表現しているのです。

フォントは文字の形ですから、文章の中に混ぜることが自然にできます。すでに上の行でその実例があるわけですが、編図の補足説明のなかで、「表目を5目編んでから、右上二目一度(s)してください。」などと、さらりと書けわけです。

また、サイズも自由に変更できます。今、あなたのパソコンにダウンロードされた編目記号フォントはスケーラブルフォントですから、滑らかに拡大・縮小ができます。つまり、自由な大きさの編図を書くことができるわけです。

編目kpsto
編目kpsto
編目kpsto
編目kpsto
編目kpsto

ワードやエクセルなどで編図をプリントアウトして配布する場合は、フォントは印字するマシンにのみインストールされていればいいので、編目記号フォントは重要な選択肢となるはずです。まだ、必要な編目記号すべてのフォント化は出来ていませんが、出来た段階で公開しますので、お楽しみにお待ちください。


2006年3月21日(火曜日) 23:40
楽々編図化計画 その2
カテゴリー: - tata-tatao

私達は、今、文字編図に編図記号フォントと、やたらに編図にこだわっていますが、もしかすると、あまりこれに興味のない方も多いのではないと思います。なぜなら、これまで編物を趣味としている人の多くは編図を読むことはあっても描くことなどなかったと思うからです。

実際、編物をデザインしたりそれを発表したりするのは、プロの仕事で、アマチュアはもっぱら出来ている作品を編むもの、というような区別があったように思います。多くの人にとって編図は読むものではあっても描くものではなかったといえるでしょう。

このようなプロとアマの関係は編物の歴史の中では比較的最近の出来事で、それ以前はデザインのプロなどは存在しませんでした。マスメディアの発達がそれを可能にしたのは、20世紀になってからでしょう。しかし今、インターネットは既存のマスメディアのあり方を揺るがす存在となってきています。新聞の運命でさえどうなるかわからないと言われる状況で、編物の世界がこのような変化と無関係でいられるはずはありません。情報の発信と受信の関係はこれまでとは違ったバランスになっていくでしょう。

とは言っても、人の感覚というのは簡単には変化できません。編物のデザインを発表するなどというのは、たとえアマチュアであったとしても、それ相応の技量を持っている人にしかできないと思う人もいるでしょう。私達は、そうではなく、マフラーを3本しか編んだことがない人でも、堂々と自分のデザインを発表できるし、そうするべきだとさえ思っています。ただのガーター編みのマフラー一本を編むときでも、一つの糸を選び、あるサイズの棒針を選び、幅と長さを考えければなりません。これらは立派な創造の世界なのです。

しかし、そんなものを発表しても誰も必要としていないのではないか?そう思うかもしれませんが、そうではありません。私達の編物入門だけで考えても、ただのワッチキャップやメリヤスのベレー帽が非常に人気があり、ベレー帽などはアメリカ人から特に頼まれて英文パターンを掲載したところ、その後もどんどんアクセスがあり、世界中の人が編んでいます。

まだ信じられないと思う人は、よく考えてみてください。何か編みたいものがあって、編物本をめくったとき、なかなか「これは!」と思うものに出会わなかった経験がないでしょうか。その際、「なんかどれも凝りすぎだなぁ。もっとシンプルなものでいいのに。」と思ったことはないでしょうか。実は、プロとアマ、供給者と需給者とを明確に線引きするためには、プロには供給者としてのアイデンティティを確保する必要性があり、なかなか当たり前の作品ばかりを作っていられないのです。

ごくありふれたデザインのものを「よければどうぞ」と発表できるのはアマチュアの特権であるといえるかもしれません。一つの作品としては平凡としか言えないようなものであったても、そのような作品が、何千何万とあり、しかも自分がそれを素材としてまた自由にアレンジして、新しいものを発表していけるとなれば、編物の楽しみは単に本を見てそのまま編んでいるときよりも何倍にも広がるのです。

私達はアマチュアが自由に、気楽に、デザイナーとしての誇りをもって自分の作品を発表できないのは、大きな損失だと考えています。漫画を考えてみてください。アマチュアでも読むだけではなく、一枚の似顔絵から、きちんとしたコマ割りをした作品まで、色々なレベルで漫画を描いています。それによって、楽しみの幅が広がり、またプロの底上げとなっているのです。アマチュアが描くことを止めたら漫画の楽しみは大きく損なわれてしまいます。カラオケを考えてみてください。発声法を基礎から勉強した声楽家しか歌えないとなれば、果たして世界のKaraoke に成りえたでしょうか。歌が上手い人も、下手な人も、あたかもスター歌手になった気分で気持ちよく歌う、これがカラオケの楽しみ方です。この祭りの喜びが世界に共鳴し、新しい文化を創出したのです。

自分がちょっと工夫して自慢のマフラーが出来たら、それを友達に自慢してもいいですが、もう一歩進んで、デザイナー気取りで、編図にして発表してみてはどうでしょう。下手だからと萎縮しないで堂々と皆の前で歌ってみるのと同じ気持ちで、自分の作品を別の人が編めるように、デザイナーとして公開するのです。実際にこれをやってみると、実に色々なことが見えてきて、編物のデザインに対する感性が急に深まることを実感するはずです。
仮にそれまでのように本の作品をそのまま編むとしても、すでにどこか違ったものが芽生えています。それは画家が先人の作品を模写するのと同じく、単なるコピー作成ではなく、作る立場に立って一つのデザインを追体験していく精神です。上手くても上手くなくても、一度自分の作品を発表してみること、これによって編物の楽しみは全く違ったものになるのです。

私達は、編図を手軽に描けること、これは編物デザインの発信と受信のバランスを変えるための重要なステップの一つだと考えています。

 


2006年4月1日(土曜日) 12:05
ガーンジーの伝説[5]
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今回は、ガーンジーの伝説[2]について、決定的な記述を見つけたので、その補足として書き足したい。

Rae Compton著 ‘The Complete Book of Traditional Guernsey and Jersey Knitting’ の最初「研究における問題」という章の最初の部分に次のような記述があった。Rae Compton は、ガーンジーなど英国伝統ニットに関しては第一級の研究家だ。

誰かが、自分がほとんど知らない分野のことで、しかも何も証明されていないことを書いているのに、そういう意見ほど、長い間よく見かけたり、引用されたりしている。それなのに、そんな誤った意見をほんのわずかでも修正しようとすると、途方もない困難にぶつかるのだ。ケースネス(訳注:英国の地方)では、今でもガーンジーの文様は溺死者、特に肉親の遭難者の身元確認のために作られたと信じる人がいる。 ニッターはいかなる状況であったとしても自分の作品を判別できるということは事実である。しかし、これまでそんな目的のためにニットデザインをしたと証言した人など唯の一人もいないのだ。

Rae Compton は上の著書を執筆するために、直接各地の取材をしている。その研究家がそのような伝説に関する直接的な証拠が一切ないと証言しているのだから、もはや決定的である。この文章には無責任な伝説に対する憤りが読み取れるように思うがいかがなものだろうか?この憤りをあげつらうかのように無責任な伝説はケースネスという地方に閉じ込められるどころか、はるか日本にまで事実として流布してきたのだ。間違いを正すのは、endlessly difficult だと書いた彼女の嘆きが分かるではないか。 しかも、それは現在も再生産され続けている。ガーンジーセーターの話をするときに、必ずといっていいほど、この伝説を「つかみ」として話す人さえいるらしい。

しかし、無知がなせる業ならともかく、常識的に考えてありえないということを分かりつつ、面白いから、受けるからと、ネタとして話を広げていくのなら、無責任であろう。 編物を愛する人なら、このような伝説は積極的に撲滅していくべきだと思う。要するにそういう伝説があると紹介する必要もないヨタ話なのだ。

結論:妻が夫の溺死を想定してガーンジー模様を編んだなどという伝説は大嘘。


2006年4月19日(水曜日) 11:53
ガーンジーの伝説[6]
カテゴリー: - tata-tatao

ガーンジーセーターの魅力は、フォークロアの魅力と言ってよいだろう。ガーンジー以外の伝統ニットの多くは実は商品性が高い。ひなびた観光地のお土産店で品定めしていると、いかにもその地方の民芸品のように作られているのに、ひっくり返してみると Made in China と書いてあってがっかりすることがある。あるいは、はるばる海外に出向いてお土産を買って帰ったら、実は Made in Japan だったということも珍しくはない。お土産品は、仮に生産がその地方だとしても、あくまでも製品として開発されたものが大部分だといっても過言ではない。ニットウェアも例外ではなく、いかに地方色があるように見えても、それは差別化ためのキャッチコピーに過ぎない場合が少なくないのだ。

それに対して、ガーンジーセーターは長い間にわたり、漁村の人たちが編んできたもので、基本的には商品ではなく自家用のセーターである。今のように交通網が発達していないため、イギリス沿岸の各地で無数のバリエーションが生まれた。何の変哲もない地味な紺色のセーターだが、研究家が見れば、どこの地方のどの時代のものかがすぐに分かる。このようにフォークの魅力を持ったセーターは他にはちょっと考えられないだろう。

実は、こういうフォークロアとしての編物は遠いイギリスではなく、私達にもなじみのあるものだった。今、趣味としての編物といえば、書店に行って編物本を探していいデザインを見つけ、そこに指定された糸を手芸店で購入して編むというスタイルが多いだろう。もちろん、こういう方法は100年以上昔から存在しているわけだが、一方で、これとは一味違う楽しみ方もあった。私達は、それを真の「フォークロアニット」と呼んでいる。おそらく、すでに若い世代の人たちは「フォークロアニット」を知る人はほとんどいないだろう。私達は「フォークロアニット」を証言できる最後の世代となるような気がしている。

私達の母・祖母の時代は今のように様々な種類の毛糸はあまり手に入らなかった。毛糸といえば「中細毛糸」、素材は基本的にはウールで、ウール100%なら上等な糸、安物は、ウール風の化繊で出来ていた。編み針は今で言えば3号以下くらいのもので、手編みに必要な道具はほとんどこれで終わりだった。買ってくる毛糸も、今のような玉巻き毛糸より、市場の露天で山積みにされた、どこから仕入れたか得体の知れない毛糸が多かったように記憶している。母親がこれらの毛糸買ってきた日は、子供はカセくり器にさせられて、実に退屈な目にあったものだ。

例えば紺色の毛糸を多量に買い込んだら、それ以降、家族中の手袋もセーターもベストも全部紺色になってしまうことになり、否が応でも父親とお揃いのニットで出かけなければならない娘の立場を思い起こすと、今なら絶対否と言うであろう。近所でも日向ぼっこをしながら黙々と編物をするお婆さんをよく見かけたが、内職でない場合、これが楽しそうに見えた。(だからこそ、自分もちょっとやってみようという気になるのだが) 今のように、色々な娯楽がない時代なので、編物は時間つぶしにはかっこうの材料だった。家族で夕食を終えた後、薄暗い電球の下で編物をするのは、家族のためという大義名分のもとに堂々と趣味に没頭できる貴重な時間であったかもしれない。

編むものも、雑誌などで「新作」を編むこともあったが、プレーンなセーターやそのアレンジが多かったように思うが、そういう場合の編み方は今とはぜんぜん違う。まず、ゲージなどとらない。同じ毛糸、同じ針で腐るほど編んでいるのだから、お父さんなら何目、上の子なら何目、下の子なら何目、と作り目の数は決まっている。人によって違うが、とじはぎが面倒くさいし、毛糸が余分になるから、輪編みのほうが人気があったように思う。二目ゴム編みで編み始めてみたら、作り目の数を間違えていて、4の倍数にならない場合はかまわずそこで増し目をして編んでいく。脇くらいのところまで編んだら、前に編んだセーターに合わせるか、本人を呼んで体にあてがって、「これくらいでいい?もうちょっと長めにする?」とかリクエストを聞いて脇に移る。出来上がり寸法がきちんとしていれば、何段編んだかなどあまり考えない。

防寒性や編地の耐久性のために、編目は今とは比較にならないほど固く、アメリカ式でぎちぎちに編み上げる上に、毛糸をケチるため、インナーで着れるようにするため、体にフィットするように編むので、暖かいことは暖かいのだが、締め付け感があり、外から帰ってきて脱ぐとほっとした。ウールは洗濯が面倒なこともあり、家ではなるべく着なかったように記憶している。

ここまで読めば、日本のフォークロアニットが、ガーンジーセーターと多くの共通項を持っていることが明らかだろう。輪編み・きついゲージ・フィットしたデザイン・自家用、どれもガーンジーと同じだ。そして、なによりガーンジーセーターがイギリスの漁村から消え去るのに、一世代しか、かからなかったのと同様、日本のフォークロアニットが消滅するのも、同じくほぼ一世代の出来事なのである。

 


たた&たた夫の編物入門

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