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2005年11月20日(日曜日) 20:12
ガーンジーの伝説[4]
カテゴリー: - xoopsadmin

エリスキー風ガーンジー 写真のガーンジーセーターは、たた夫が○十年前に編んだガーンジーです。毛糸は、ごく普通の日本製のもので、ゲージは本来のものよりは若干大きいです。何かの本を見て編んだものですが、どの本だったのかは覚えていないようです。これより前にアランセーターなども編んでいて、それらはすぐに貰われていったのに、このガーンジーだけは、地味な上に妙にぴったりしたシルエットで着心地もよくないため、まったく貰い手が現れず、手元に残りました。かさばるので、何度か捨てようとしたらしいですが、まぁ、これくらいはいいかという感じでいまだにキャビネットの奥深く眠っていたのです。今回、ガーンジーの話をブログで書いているうちに、ふとそういえば一着家にもあったっけ、ということを思い出して休みに奥のケースを引っ張り出して写真に撮ったのがこの一着です。

とっくの昔に焼却場の煙となっていたかもしれないセーターですが、このブログの一ネタのために生きながらえていたのかと思うと、いとおしくなりますね。(笑)

改めてみると、見事にエリスキー風ですな〜これは。全体は輪編みで、脇のガジェットもあるし、脇から拾い目をして袖口に向かって編んでいく技法もガーンジーそのもの。ほとんど伝統手法に近い編み方です。

胸のベルト風模様の部分の上下で模様が違っているところも、なかなか本格的というか凝りすぎという感じです。

脇の下 脇の下は、ニシンの骨の透かし模様になっています。さすがにフィッシャーマンセーターというところ。二本の骨がつながる部分の処理がちょっと怪しいですが、まぁ、確かに、ここはなかなか難しいところですね。

妻に編んでもらえなかったフィッシャーマンがこのように自分で編んだかということですが、記録に残るほど一般的ではなかったのか、まだそういう記述には出会っていません。どこかに一着くらい残っていると面白いと思うので、見つかったら新しい伝説が生まれるかもしれない、いや、私達が強引にでも作ってしまおう、と二人で話しています。(笑)

100年の時を越えて、1800円でオークションに出してみるのも、面白いかと考えたりもしたのですが、なにしろただでさえ貰い手のなかったものですからねぇ・・・

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2005年11月17日(木曜日) 20:10
ガーンジーの伝説[3]
カテゴリー: - xoopsadmin

パーティ

ガーンジーセーターに意図的に間違いを編み込んだという伝説について2回に渡って記した。私達の考えは、もしそれが事実としても、意図的なものというよりは偶然によるものか、カタルシス効果を狙った創作なのではないかというものだった。もちろん、これは推測であり、実証されたものではないが、それは伝説そのものについても言えると思っている。

今回は、このような伝説を生み出すもっと大きな背景を考えてみたい。それは、「妻が夫に編む」というキーワードではないだろうか。ガーンジーセーターが非常に多様な地域的バラエティを持っていたということは事実であり、これは、ガーンジーセーターが流通商品でなかったことの証明でもある。実際、ガーンジーセーターの編み手の多くはフィッシャーマンの妻であった。この部分は伝説ではなく事実であるが、しかしこれを敷衍しすぎるのはいかがなものだろう。

例えば、「21世紀初頭の日本では、妻が夫のために手作りの料理を用意した。」というような記述は、事実に基づいた記述かもしれない。しかし100年先の人が、「妻が夫に愛情を込めて作った手料理」と、書いたとすれば、そこにすでに伝説の萌芽が見られるとは思わないだろうか。もちろん、これは一度作ったカレーを3日続けて晩御飯に出すのは、愛情がこもっていると言えるのか言えないのか、というような話ではない。

それぞれの家庭には家ごとに違った事情があり、家族一人一人には他人とは違った物語がある。それらを大雑把にならし、全体に対して「愛情」という形容詞をつけることは、現在を生々しく生きている人間には抵抗感が強すぎるだろう。

しかし、本来の形のガーンジーセーターは、歴史のかなたに消え去ってしまった。残っているのは博物館に収められた標本だけだ。過ぎ去った物語に思いをはせるとき、そこにロマンチシズムが忍び寄ってくるのを防ぐことは難しい。かくして、「妻が夫のために一目一目心をこめて編み上げたガーンジーセーター」という伝説が確固として出来上がる。

しかし、ロマンチックな大波が通り過ぎた後に、ふとこう思うことはないだろうか。「妻がいない男たちはどうしたのだろう」と。

ガーンジーセーターは、フィッシャーマンにとって無くてはならない労働着である。ガーンジーは、海の男たちを波の飛沫から守り、冷たい季節風から体温が奪われることを防ぐために欠くことのできない防具だ。これなしに漁師を続けることはできないのだ。

よく考えると、未婚の男性のみならず、妻が病弱な夫、妻に先立たれた男やもめ、など妻にセーターを編んでもらえない男は沢山いたはずだ。イギリスの漁村では、さまざまな事情で男女の比率がアンバランスで男性が少ないことが多かったらしいが、それでも、不幸な境遇にあった男は少なくなかったはずだ。

もったいぶらずに言えば、実に単純、彼らは金でガーンジーを買ったのだ。ちゃんと相場の金額が記録に残っている。 1900年の記録によると、ガーンジー1着の値段は、17.5ペンスである。現在の日本円に直すとわずか、1800円程度にしかならない。

もちろんこのような内職用ガーンジーと、妻が夫用に編むガーンジーとでは気合の入れようが違い、模様も変えたということは想像できる。

しかし、家庭には愛情と同時に経済も必要不可欠なものであることは、過去も現在も変わりがない。編物の歴史を見渡しても、編物から経済の影がなくなったことはほとんどなかった。それはごく最近まで似たような事情であり、私たちの祖母や母親の年代の人も、家族だけではなく、頼まれれば内職的に編物をすることは結構あったように記憶している。

夫に先立たれた妻にとっては、そんな程度ではなく、編物は非常に重要な現金収入の手段であったらしい。仲介組織もあったようで、女性はノルマとして、少なくとも二週間に一枚は編み上げることを求められたという。お金のために編む編物は、趣味の編物とは全く別物で、苦行というに等しい。ガーンジーセーターの伝説も近づけば近づくほど現実の重さが模様となって浮かび上がってくるような気がする。

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2005年11月12日(土曜日) 20:02
フェアアイルの伝統[2]
カテゴリー: - xoopsadmin

KnittingbyTheFireside フェアアイルの起源に関しては、アルマダ海戦によりスペインからもたらされたという説が最も有名だろう。アルマダの海戦は、日本人にはなじみが薄いが、イギリスにとっては、スペインから海上覇権を奪い取った歴史的な海戦であり、日本の元寇などよりもはるかに重大な歴史の分岐点となった戦闘だ。

戦術の世界史というホームページを見ると、130隻でイギリス侵攻した当時無敵を誇るスペイン艦隊は結局66隻しか帰港できず、戦死者2万名近くを出した。海戦場所から見ると、フェア島はかなり北になるが、錨を失った船が漂着する可能性は十分あるようだ。

アルマダ伝説とは、この海戦で難破したスペイン兵がフェア島に漂着し、島民にフェアアイルニットを伝えたというもので、いかにも眉唾な雰囲気だが、今でも結構信じられているらしく、事実のように記している本もある。しかし、これを史実とする証拠は全くない。アルマダ海戦は1588年だから、事実だとすればフェアアイルの誕生は16世紀終わりの出来事になる。

次にフェアアイルの起源を語る上でよく出てくるものは、ガニスターマンだ。ガニスターマンとは、1951年にシェットランド島のガニスターで発掘された男性の屍体のことで、多色編み込みのコインケースを持っていたことから、フェアアイルの起源に関連付けられている。コインケースには17世紀のコインが入っていたことから、17世紀にはフェアアイルニットが存在したのではないかという説がある。

「海の男たちのセーター」(とみたのり子著 日本ヴォーグ社1990)によると、とみた氏はアルマダ海戦説を伝説と退けつつ、「十七世紀後半には、こうした多色使いの編込み技法が、シェットランドに存在していたことが立証されたわけである。」と記述している。この記述は誤解を招きかねない。「編込み技法が、シェットランドに存在」が立証されたというのであれば、このコインケースがシェットランド製という意味にとるのが自然だからだ。しかし、ガニスターマンがシェットランド人であるという確証がないことは、「むしろ彼自身がそういったヨーロッパ大陸からの人であることも、十分考えられる。」と、とみた氏自身も書いてあるとおりで、このコインケースがシェットランドで作られた証拠はまったくない。シェットランドの編物史である、Knitting by the Fireside and on the Hillside (Linda G. Frayer 1995) でも、下記の引用のとおり、シェットランドで編まれたものかどうかは、不明としている。はっきり言えることは17世紀の終わりに、シェットランドにすでに高度に洗練された多色編み込みが紹介されていたことだと書いてあるが、まさにそのとおりであろう。

lt is not possible to tell if these garments were knitted in Shetland − the presence of foreign coins in the man’s purse proves nothing about his origin but it does prove categorically that knitting had reached a high degree of sophistication and skill by the end of the seventeenth century and was seen in Shetland.

フェアアイルの起源についてのこれ以外の説については次回以降に紹介したい。

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2005年11月9日(水曜日) 20:00
スワッチ vs スウォッチ
カテゴリー: - xoopsadmin

私たちが編物ホームページを開いてから5年を越えたのですが、私たちがホームページのコンテンツを書いていたころは、特殊だったため悩んだことが、今では普通になっていることがあって驚くことが出てきました。「英文パターン」なども、私たちが pattern を勝手に訳した言葉ですが、そのころは、「英語で書いてある…」とか、「k とか pとかで説明している…」とか、はっきりした名前はありませんでした。

それよりもっと驚くのは「スワッチ」です。この言葉は私たちがノースリーブセーターの編み方で使うまで、手編みの世界ではあまり一般的ではなかったと思います。よく聞いたのが「ゲージを編む」という言葉ですが、編んだ物の寸法がゲージですから、ゲージそのものを編むことはできません。粗探しのように聞こえるかもしれませんが、私たちの手元にある日本ヴォーグ社の書籍の中を探しても「ゲージを編む」というような表現は一言半句も出てきません。出てくるのは、「ゲージをとる」という言葉だけです。

しかし、「ゲージをとるための試し編みをする」とかでは冗長となりますので、つい中抜きして「ゲージを編む」としてしまうのでしょう。しかし、こういう表現をしているうちに、どうも試し編みの編地そのものをゲージと呼ぶものと誤解する人が増えたのではないでしょうか。

ですから、「ゲージを編む」という間違った表現が減り、「スワッチ(swatch:生地見本の意)を編む」という表現に変わっていくことはいいと思うのですが、このカタカナ表現は散々迷った経緯があるだけに、複雑な気持ちになります。

swatch をどうカナ表記するかですが、時計の Swatchは、 スウォッチジャパンが正式社名です。 Swatch は、 S - watch でしょうから、watch はどうかといえば、セイコーはセイコーウオッチ株式会社が社名でした。ウォッチという表記も結構使われています。

では、ワッチは少数派かというと衣料関係では、ワッチキャップという定番商品があり、これをいまさらウォッチキャップと呼べば、頭に時計がついた帽子とおもわれるかもしれません(そんなことはないかなぁ)。このワッチキャプの元は、船員言葉のワッチ(見張り)から来たのだと思います。ワッチのときに被る帽子ということでしょう。

船員用語からの派生か、watch が時計でなく「注意深く見る」「監視する」という文脈で使われるときはウオッチではなく、ワッチが使われる事例が多いようです。なんと無線などを注意深く「聞く」場合にも「ワッチ」という言葉が使われています。ですから、日本では「ウオッチ=腕時計」「ワッチ=監視」というような使い分けがあるようです。もちろん「街角ウオッチ」などという表現もありますから、厳密なものではありません。さすがに腕時計をワッチとは言わないようですが。

私たちが「スワッチ」というカナ表記を選んだのは、私たちの知る範囲では、業界で生地見本を「スワッチ」と呼ぶのが一般的だったためですが、手編みの世界に業界用語を持ち込む必要があるわけでもなく、 swatchならやっぱり「スウォッチ」が普通ではないかと、悩んだ挙句に「スワッチ」と表記しました。

ちなみに、swatchの a の部分の発音記号は aですから、アメリカ発音ならはっきりしたア、イギリス発音ならオに近い発音です。

今日 googleで「スワッチ」を検索してみると、現時点で、トップこそ生地店のようですが、2番目が私たちのサイト、それ以降も編物関係らしき文章がずらずらと出てきています。どうも、インターネットで「スワッチ」を一番多用しているのは編物愛好者のようです。それとも最近の手編み愛好家は作品をそっちのけでスワッチばかり編んでいるのでしょうか?(笑)

生地関係ではまだまだ少数派ですが、生地見本を「ファブリック・スウォッチ」などと表記する店もでてきました。「ワッチ」が船員用語であるように、「スワッチ」がそのうち手編み愛好者の独特の表記法と呼ばれる日がこないだろうかと(それほど本気ではありませんが)気になったりします。あのとき、もし私たちが「スウォッチ」と表現していたらどうなっていたのでしょうか。やっぱり業界用語の「スワッチ」に収束していったのか、それとも「スウォッチ」も市民権を獲得したのか。「スウォッチ」ならまかりまちがっても編物サイトが検索の上位にくることなどありえなかっただろう… などと意味もなく思い返したりしています。

なぜ、今日こんなことを書いたかですが、現時点で、あまり vintage knit という表現 (1900年代の古い名作ニットという意味で)が日本の手編み界は流布していないからです。先日、私たちはちょっと迷って「ビンテージ」ではなく「ヴィンテージ」という表記を使いました。 これは watch=ワッチ よりはよほど一般的に使われていますので、さほど違和感はありませんでしたが、 vintage knit が日本ではヴィンテージ・ニットとなるか、はたまたビンテージ・ニットとなるか、それともバラバラか、または「熟成編物」とか翻訳されるか(まさかね〜)、先のことを考えてみても、こればかりは全く分かりませんね。

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2005年11月7日(月曜日) 19:58
魅惑のヴィンテージニット

vintage knits 今日の話は、フェアアイルとも関係するのだが、カテゴリは「ヴィンテージニット」とした。ヴィンテージニットとは、いつ頃から言われだしたのかはっきりしないが、左記のVintage Knitsが発売された2002年には一般的な言葉として通用していた。

vintage とは、もともとワインの製造年の意味だが、やがて古くて良いものの形容詞に変化した。私達はあまり詳しいほうではないのだが、いかにオールドヴィンテージといっても100年以上前のものはあまりない。

要するに、ヴィンテージニットとは、ぼんやりと、ここ100年以内の出来がよいニットを指すと考えてよいようなのだ。左記の本は、1940年代〜1950年代のものを取り上げている。確かにこの頃のニットには力がある。日本がポツダム宣言を受諾したのが、1945年8月15日だから、アメリカ・イギリスなどの戦勝国は長い戦争の圧迫の後に訪れた開放感の時代であったのだろう。日本が塗炭の苦しみにあえいでいた頃に、これほどまでのニットデザインが出回っていたのかと思うとなんとも複雑な気持ちになるほどだ。

私達にとって、ヴィンテージの当たり年は、30年代〜50年代だ。この頃の作品は本当にたまらない。今の日本のニットデザインが最高のデザインとなんとなく思っている人は、この頃の作品の完成度に打ちのめされるかもしれないとさえ思う。今後、「ヴィンテージ」カテゴリでは、ゆっくりオールドヴィンテージニットの魅力を紹介していきたいと思っている。

Scotish Fair Isles 最初に紹介したいのは、前回のフェアアイルの話を引き継いで、Scottish Fair Isles パターンだ。このパターンは、前回話したようにフェアアイルというジャンルを狭く考えれば、許せないと思うような作品ばかりだ。表紙からして半袖ニットだ。まったく伝統に反している。しかし、編み込み模様ならなんでもフェアアイルとよんで、ええじゃないか、と心を広く持って見ると素晴らしい作品ぞろいだ。

このパターンのタイトルは「スコットランドのフェアアイル」となっている。フェア島はスコットランドの領有でもあるから、一読したところでは「北海道の千島」とか「長崎県の五島」という意味に読めるが、前回のブログを読んだ方の中には、ISLESの最後の S を見逃さなかった人もいるかもしれない。そう複数形だ。このフェアアイルは固有名詞ではなく普通名詞になっている。つまり、フェア島ではなく「いわゆるフェアアイル作品」という意味である。全部を通じて意訳すれば「スコットランドの編込作品集」である。

作品は、スコットランド地方の名前にちなんだ作品名となっている。しかし、これもその地方の伝統模様を使ったというわけではないだろう。あくまでもこれらの地名を着想としたか、単に借用しただけのように思える。

DumFries 一番に注目したのは、左の作品だ。作品名は、DumFriesである。そう、サンカ手袋のサンカがあるダムフリーシャー州の名前がつけられている。よく見ると、サンカ手袋で使われるミッジ・アンド・フライを分解したようなモチーフとなっている。偶然だろうか?それとも、やはりサンカのイメージを借用したのだろうか?全く分からない。しかし、作品全体の感じはサンカのようなクラシックな雰囲気とは似ても似つかないイメージだ。パターンを読むと、使われている色はWhite, Scarlet, Navy の3色となっている。真っ白な地色にネイビーの縁取りとミッジ・アンド・フライ模様、それに朱色の薔薇模様が裾・袖・ヨークに配されているようだ。ウエッジウッドの陶器を思わせるフェミニンで清楚なフェアアイルカーディガンだ。袖付けはドロップショルダーのようだが、肩パッドでも入っているのか綺麗にパターンが水平になっている。袖付け部分でパターンをうまく繋げているのはお見事。日本人にも似合いそうなデザインだから、クラシックなロングスカートとあわせれば、ちょっといいところのお嬢様に見えるかもしれない。

このカーディガンは、細身でウェストシェイプもしっかりと取っているし、素肌に着るもののようだから、糸も伝統に逆らって、シェットランドヤーンよりは、細めのメリノで編みたいところか。インストラクションを見ると、指定糸は、伝説のPatons Beehiveで、Fingering,3Ply となっている。パピーの3Plyあたりで代用可能か。伝統のフェアアイルカーディガンとこのヴィンテージフェアアイルのどちらに軍配を上げるかは読書自身の判断にゆだねよう。

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2005年11月5日(土曜日) 19:52
ファアアイルの伝統[1]
カテゴリー: - xoopsadmin

orange.jpg

突然だが、左の画像は何色に見えるだろうか。この画像は、日本語と外国語(岩波新書 鈴木孝夫著 1990) の中表紙にある写真の色に似せて作ったものである。著者、鈴木孝夫教授の調査では日本人の7割弱が茶色と答え、赤土色、褐色、セピア、ココア、レンガ色などという回答もあったそうだ。上記の著書によると、この色はアメリカの車メーカーの色見本が元になっており、それはオレンジ色に分類されているらしい。

鈴木教授は、日本人にとってどう見てもオレンジ色に見えない色がアメリカのorangeには含まれているということを発見したときのことを次のように記している。

教授は、アメリカにいた際、猛烈な吹雪に襲われ、レンタカー会社に電話をすると、10分ほどでオレンジ色の小型車が迎えにいくと返事をもらった。しかし、なかなか車は現れない。

二十分近くなったとき、ハッと気がついた。さきほどから、少し離れたところに茶色の車が停まっていて、一人の男がこちらを窺うように見ているのだ。これだと思い、駆けよって行くと、果たしてそれが私のレンタカーだった。長く待たされて見るからに不機嫌そうなその男に、オレンジ色の車が来ると言われていたので判らなかったと言うと、男は平然として、この車はorangeだよ、と答えたのである。

英語の orange が必ずしも日本語のオレンジ色に一致しないということが、在米経験も豊富な言語学者の鈴木教授であっても長い間判らなかったのだ。この本には他にも虹は七色か、林檎は赤いか緑か、太陽の色は何色か、イギリスの靴店になぜ靴べらがおいていないか、等々、興味の尽きない実例が出てくる。著者はこれらの例の後にこのように言う。

外国の文化、それも外国人の考え方、そして風俗・習慣の目に見えない部分というものは、以上述べたように、部外者にはたとえその国を訪れても、いや長年住んでさえも、偶然の幸運に恵まれないと、なかなか理解の糸口が見るからないものなのである。
しかも常にどこか違うはずだ、何かが隠れているに違いない、という緊張と問題意識を持っていないと、せっかく見えた切口も見逃してしまう。

鈴木教授は、常々単に異文化と触れ合ったというだけで、「国際理解」が深まるというような安易な考え方に警鐘を鳴らしているのだが、このような実例を並べられると、実に説得力がある。

さて、「フェアアイルの伝統」というこのブログのタイトルで中身を想像しつつ、ここまで読まれた方の中には、いったい何の話をしているのかと、苛立っている人もいるかもしれない。実は、日本語と外国語のオレンジとorangeの話に似たようなことがフェアアイルと Fair Isle にも当てはまるのではないかというのが、今回の趣旨なのだ。

黒ゆきこのフェアアイル・テキスト しかし、フェアアイルは地名ではないか。誤解の余地などあるだろうか?日本人の一般的なフェアアイルのイメージは、例えば右図のような編み込み模様を使った伝統的なセーターや小物というものではないだろうか。あるいは、 シェットランド博物館 にあるようなものが、フェアアイルセーターの典型というものであろう。

私達が、フェアアイルセーターが好きだとか、嫌いだとか、あるいはフェアアイルが編めるとかいう場合に、頭の中にはこのようなフェアアイルセーターのイメージがあるのではないだろうか。調べたわけではないが、おそらくこれが日本人の共通的なフェアアイルのイメージだろうと思う。

NHK世界手芸紀行[1](ニット,レース編) は、シリーズのトップにフェアアイルを取り上げている。この取材エピソードを読むと非常に興味深い。

最後に残った候補地がフェア島でした。地図を開くと、イギリスの北、オークニー諸島とシェットランド諸島の間の北海にポツンと描かれた、点のような島、フェアアイル 、その響きにはなぜか私たちの心を引きつけてやまないものがあります。

要するにフェアアイルニットとは、文字通りフェア(アイル)のニットという理解なのだ。だからこそNHK取材班は万難を排して「イギリスの中で、もっとも行きにくい島」フェアアイルへの取材を敢行する。、フェア島のニットこそ純正のフェアアイルニットと考えれば、フェアアイルセーターとは必然的に伝統的なイメージにならざるをえないし、またそのように期待する。それはフェアアイルという言葉の響きに込められたロマンでもあるのだ。

このようなイメージを持った日本人が、洋書を買う際、Fair Isleと書いてあれば、こういう作品が載っているものと思うのだが、実際に購入してみれば、似ても似つかぬセーターにFair Isleという名前がつけられていることに驚くことがある。そういう本に出会うと、「こんなフェアアイルでもないものにFair Isleという名前をつけるとは」まったくフェアでないと出版社のでたらめさに憤慨したくなるのだが、これこそまさに、オレンジ≠orange の悲劇である。

実は、英語のFair Isle は日本人がイメージするフェアアイルも含むが、それだけにとどまらなず、編み込み模様全般に使われるのだ。まさかと思う人もいるかもしれないが、例えば初心者向けの編物技法書であるVogue Knitting Quick Reference: The Ultimate Portable Knitting Compendium の第5章、Color Knitting のところを開けてみれば、ちゃんと横に糸が渡る編み込み技法の章名がFair Isle Knittingとなっている。ちなみにもう一つの糸が渡らない編み込み技法はIntarsia(インターシャ:象嵌細工の意)という名前で載っている。つまり、広義のFair Isleとは、糸が渡る編み込み技法の総称なのである。

これは別に怪しいことでもなんでもない。ガーンジーセーターにしても、それはガーンジー島のセーターという意味はなく、ある形式のフィッシャーマンセーターの総称である。ジャージーにいたっては、ジャージー島のウエアとは、まったく無関係な衣類の名となっていると言ってもいいだろう。

ガーンジーやジャージーと比較すれば、フェアアイルはまだオリジナルの意味が失われていない方だと言える。フェアアイル=フェアアイルに固執するのは、日本人の自由であるが、Fair Isleという語は必ずしもそのイメージを備えていないことは、海外書籍やキットを購入する上で是非とも知っておきたい知識なのだ。

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2005年11月2日(水曜日) 14:43
ガーンジーの伝説[2]
カテゴリー: - xoopsadmin

夫婦のポートレート

昨日のガーンジーセーターの伝説は、長くなりすぎたのでいったん終わらせた。今日はその続きを書く。

ガーンジーセーターに意図的に間違いを入れたという伝説は、「海の男たちのセーター」 (とみたのりこ著 日本ヴォーグ社1989) にも次のように掲載されている。

パターンに特徴を持たせる以外にも、彼女達は誰にも明かさず、一目だけのまちがいを作ったという。どこに作ったかは彼女だけが知っている。それは、自らの手のとどかない危険な場所に最愛の人を送り出す女の、願かけにも似た行為だ。と同時に、彼の最後の装束になるかもしれない衣装を自らの手で作り上げる女の、悲しい、しかしきっばりとした決意のしるしであったのかもしれない。

「海の男たちのセーター」は、ガーンジーセーターの研究書として世界に誇れる素晴らしい本だ。特に著者自らが各地におもむき、直接関係者から取材しており、さまざまな資料がオールカラーで紹介されているのは、海外書籍まで含めてもまったく例をみない。

しかし、引用した文章は前半は伝聞、後半はとみたのりこ氏の推測であって、事実の取材ではない。とみた氏が取材した頃はすでにガーンジーセーターの伝統は死滅状態であり、博物館で目にかかるものでしかなかった。著者はやっと今も実際にガーンジーセーターを着ているフィッシャーマンに出会ったとき、喜びのあまり上着を脱がせているほどだ。

したがってこの伝説が本当かどうかを直接取材して確認することはできなったはずであり、だからこそ「…作ったという」と、間接的な表現に留めているのだろう。

しかし、この話は直接イギリスに取材しているもので、もっとも伝説の出所に近いもののように思える。ここからさまざまなバリエーションが広がっていったのではないだろうか。

この話には興味深いところが2点ある。一つは、「一目だけの間違い」で、もう一つは「彼女だけが知っている」という点だ。ここから、ガーンジーセーター伝説の真相を推理してみたい。

まず、「一目だけの間違い」という点だが、これは当然「その気になれば一目の間違いもなく編める」ということを前提にした話だ。しかしこれは可能だろうか。ガーンジーセーターは昔のニッターにとっても手間暇のかかる作品だ。それを、時には仕事の合間、また別の時には薄暗い闇の中で編んだ。ゆっくりと楽しみながら編んだわけではない。平均して2週間で一着を編み上げたというから、細切れの時間を使ったにしては驚異的な速度である。

過去のニッターの実力がいかにすごかったと言っても、万単位の数におよぶ編目のただの一目も間違えないということがありえるだろうか。彼女たちも人間、万に一つの過ちはあったと考えるのが自然だろう。

さて、模様編みセーターを間違えた経験のある人であれば、それがどのような意味を持つか、言われるまでもなく分かるだろう。たった一目であっても間違いはものすごく気になるのだ。その作品を見るたびにその部分に目が行く。それは10年経とうと、20年経とうと全く変わらない。セーターを見るたびに「あぁ、ここさえなければ」と思う。どれほど悔しいか、編物をしない人には想像もできないだろう。他の人には全く分からない些細な間違いであっても、自分だけはその傷が拡大鏡で広げたようにものすごく大きく感じるものだ。

私たちのように趣味で編んでいてもこうである。まして、ガーンジーの故郷であれば作品の意味は全く違うのだ。結婚が決まったカップルは、女性が男性にガーンジーを送る習慣があり、新郎はそのガーンジーセーターを結婚式で着る慣わしになっていたという。さらにそのガーンジーには「ブライダルシャツ」という特別な名前があったそうだ。

「ブライダルシャツ」ともなれば、一世一代の大仕事だろうが、そうでなくても夫の誇りと妻のプライドがかかった大変な作業である。そこに間違いをしてしまったと分かったときの衝撃と後悔は想像するに余りあるではないか。おそらくこれは誰にも打ち明けられなかったかもしれない。これこそが、「彼女だけが知っている」という伝説の2点目に繋がるのではないだろうか。

もちろん、そのような間違いは濃紺のガーンジーでは簡単に見つかるものではなかっただろう。しかし、もしも夫が自分のガーンジーの間違いに気付いたとしよう。妻はどう言うだろう。笑って、「間違っちゃったのよぉ〜。ゴメンネ〜。」と言うだろうか?いや、おそらく言えなかったのではないだろうか。しかし、間違いを認めないとすれば、どうなるか。必然的に、それは故意に編んだとしか言いようがないではないか。例えばこういったかもしれない。そしてこのような言葉が、男をして今日まで伝わる伝説を残さしめたのではないかと思うのだ。

「女はね。夫の安全を願ってわざと間違いを入れているの。」

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2005年11月1日(火曜日) 16:12
ガーンジーの伝説[1]
カテゴリー: - xoopsadmin

ガーンジーを着た男 セーターは今日ではニット製品の代表のようになっているが、その歴史は意外に新しい。かつてニット製品の代表となっていたのは、なんと言っても靴下だった。ウエアは色々な素材の縫製品があるが、今でも靴下は基本的にメリヤス編みの編製品である。縫目を許さず、伸縮性が必要な靴下にとって現在においても編物に取って換わる素材はないのだ。

その手編み靴下産業を壊滅させたのは、編機の発明だった。瞬く間に手編み製品は駆逐され、手編みという産業はほとんど消失した。しかし、産業革命の恩恵の及ばないイギリスの漁村では、手編み製品の価値は失われなかったし、たとえわずかであれ現金収入の得られる手編みは女性たちの重要な技巧として伝えられてきた。このように漁民の労働着として各地で編まれたセーターがガーンジーセーターである。

20世紀になって伝統ニットブームが起き、手編みセーターは産業として華々しく復活するのだが、これを可能としたのは、海の女たちが編み継いできたガーンジーセーターの技術であり、多種多様の手編み製品を作ることができる彼女たち自身でもあった。

今日、伝統ニットと呼ばれるフェアアイルやアランセーターは、この頃に急速に産業製品として仕立てられたもので、それほど長い歴史をもっていない。しかし、ひとりガーンジーセーターのみはその地域性・多様性において特出しており、今日でも愛好家・研究家を魅了してやまないのだ。

ガーンジーセーターは、中細位の極めて拠りの強い毛糸を使い、色は濃紺が基本である。シルエットは体にフィットした形であり、現在の長袖の下着のようにも見える。編目は極めて密で風を通さない。

このようなガーンジーセーターの特徴は、労働着としての必要から生まれたものであるが、このために地味で着心地も良くなく、伝統ニットとしての人気は少ない。おそらく本格的なガーンジーセーターを日本で着れば暑過ぎて、ゴワゴワし、長く着たいとは到底思えないだろう。

地に足が着いたようなガーンジーセーターだが、怪しげな伝説はある。その一つが、海難に会った夫の身元確認を行うために、妻があらかじめセーターの一部に意図的な間違いを仕込んでいたというものだ。この話は有名だが、私たちはあまり信用できないと思っている。まず、夫が水難に遭うという事態を予想して、妻がセーターを編むだろうか。これ自体が信じ難い。それに、編物をしたことがあれば分かると思うが、自分の編んだセーターは一目見れば分かるものであり、模様も自由に作れるのだから、あえて間違いをしなければ見分けがつかないということ絶対にない。また、ガーンジーセーターは何度となく修復されて利用されるのだから、修復痕も一枚のセーターの特徴となるはずだ。なぜあえて別のマークが欲しいと思うだろうか。

ただ、そのような動機を別にすればセーターを編み上げる際になんらかの印を編みこむということは考えられる。一枚のガーンジーセーターを編み上げるには大変な時間と手間がかかる。今でもオリジナルラベルを作って手編み作品に付ける人がいるのだから、どこかにサインとして自分のイニシャルとか、記号のようなものを編み込むことはあったかもしれない。

実際に海難にあった漁民が漂着したというような場合、歯型やDNA鑑定がない時代を思うと、そのセーターの特徴によって身元確認を行うということは多かったのだろう。また、その際自分の印があれば、夫の無事を最後まで信じたい妻も納得せざるを得ない決定的証拠となったかもしれない。しかし、そうだとしてもそれは妻があらかじめ恐ろしい事態を想定して行った行為を意味するわけではない。

広範囲かつ長期間にわたる手編みする妻たちの心をすべて推し量ることはできないのだから、何が正しくて何が間違いと一概には言えない。それでも、私たちは妻が夫の水難の身元確認用にガーンジーセーターに印をつけたというのは、伝説に過ぎないと思う。彼女たちは、夫の無事を祈念するための模様なら編んでいる。ちょうど今日のライフジャケットを付ける場所に何重にも渡って縄編みが編み込んであるガーンジーセーターを見ると、その思いが伝わってくるような気がする。これで十分過ぎるだろう。

ガーンジーセーターというと、エリスキーガーンジーのような緻密で凝った模様のものが浮かぶが、それはどちらかというと特殊な事例で、時代を遡るほど、単純な模様のガーンジーが増えるようだ。写真のガーンジーは、1900年のものだが、胸から上は鹿の子模様のような編み方で、その下は単純なメリヤス編みである。ガーンジーの模様に関しても色々と伝説の彩りがあるのだが、それらも大部分は後世に作られたものであろう。ただ、編物をしている人なら分かると思うが、単純なメリヤス編みが延々と続くよりは、少しでも縄編みなどがある方が楽なのだ。段が数えやすいという利点もある。また、お互いの競争意識も働くだろうから、徐々に模様編みが発達してきたのだろう。しかし、基本となるガーンジーは決して凝ったニットではない。

労働着として位置付けられているガーンジーだが、フィッシャーマンにとってガーンジーは誇り高き正装でもあったようだ。簡単に写真が撮れない時代であるにも関わらず、このようなガーンジーセーターを着た男たちの写真が多数残っていることからも分かるように、海の男たちにとって颯爽とガーンジーを着こなす自分とは、何よりも格好よい姿であったのだ。


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