私達は、今、文字編図に編図記号フォントと、やたらに編図にこだわっていますが、もしかすると、あまりこれに興味のない方も多いのではないと思います。なぜなら、これまで編物を趣味としている人の多くは編図を読むことはあっても描くことなどなかったと思うからです。
実際、編物をデザインしたりそれを発表したりするのは、プロの仕事で、アマチュアはもっぱら出来ている作品を編むもの、というような区別があったように思います。多くの人にとって編図は読むものではあっても描くものではなかったといえるでしょう。
このようなプロとアマの関係は編物の歴史の中では比較的最近の出来事で、それ以前はデザインのプロなどは存在しませんでした。マスメディアの発達がそれを可能にしたのは、20世紀になってからでしょう。しかし今、インターネットは既存のマスメディアのあり方を揺るがす存在となってきています。新聞の運命でさえどうなるかわからないと言われる状況で、編物の世界がこのような変化と無関係でいられるはずはありません。情報の発信と受信の関係はこれまでとは違ったバランスになっていくでしょう。
とは言っても、人の感覚というのは簡単には変化できません。編物のデザインを発表するなどというのは、たとえアマチュアであったとしても、それ相応の技量を持っている人にしかできないと思う人もいるでしょう。私達は、そうではなく、マフラーを3本しか編んだことがない人でも、堂々と自分のデザインを発表できるし、そうするべきだとさえ思っています。ただのガーター編みのマフラー一本を編むときでも、一つの糸を選び、あるサイズの棒針を選び、幅と長さを考えければなりません。これらは立派な創造の世界なのです。
しかし、そんなものを発表しても誰も必要としていないのではないか?そう思うかもしれませんが、そうではありません。私達の編物入門だけで考えても、ただのワッチキャップやメリヤスのベレー帽が非常に人気があり、ベレー帽などはアメリカ人から特に頼まれて英文パターンを掲載したところ、その後もどんどんアクセスがあり、世界中の人が編んでいます。
まだ信じられないと思う人は、よく考えてみてください。何か編みたいものがあって、編物本をめくったとき、なかなか「これは!」と思うものに出会わなかった経験がないでしょうか。その際、「なんかどれも凝りすぎだなぁ。もっとシンプルなものでいいのに。」と思ったことはないでしょうか。実は、プロとアマ、供給者と需給者とを明確に線引きするためには、プロには供給者としてのアイデンティティを確保する必要性があり、なかなか当たり前の作品ばかりを作っていられないのです。
ごくありふれたデザインのものを「よければどうぞ」と発表できるのはアマチュアの特権であるといえるかもしれません。一つの作品としては平凡としか言えないようなものであったても、そのような作品が、何千何万とあり、しかも自分がそれを素材としてまた自由にアレンジして、新しいものを発表していけるとなれば、編物の楽しみは単に本を見てそのまま編んでいるときよりも何倍にも広がるのです。
私達はアマチュアが自由に、気楽に、デザイナーとしての誇りをもって自分の作品を発表できないのは、大きな損失だと考えています。漫画を考えてみてください。アマチュアでも読むだけではなく、一枚の似顔絵から、きちんとしたコマ割りをした作品まで、色々なレベルで漫画を描いています。それによって、楽しみの幅が広がり、またプロの底上げとなっているのです。アマチュアが描くことを止めたら漫画の楽しみは大きく損なわれてしまいます。カラオケを考えてみてください。発声法を基礎から勉強した声楽家しか歌えないとなれば、果たして世界のKaraoke に成りえたでしょうか。歌が上手い人も、下手な人も、あたかもスター歌手になった気分で気持ちよく歌う、これがカラオケの楽しみ方です。この祭りの喜びが世界に共鳴し、新しい文化を創出したのです。
自分がちょっと工夫して自慢のマフラーが出来たら、それを友達に自慢してもいいですが、もう一歩進んで、デザイナー気取りで、編図にして発表してみてはどうでしょう。下手だからと萎縮しないで堂々と皆の前で歌ってみるのと同じ気持ちで、自分の作品を別の人が編めるように、デザイナーとして公開するのです。実際にこれをやってみると、実に色々なことが見えてきて、編物のデザインに対する感性が急に深まることを実感するはずです。
仮にそれまでのように本の作品をそのまま編むとしても、すでにどこか違ったものが芽生えています。それは画家が先人の作品を模写するのと同じく、単なるコピー作成ではなく、作る立場に立って一つのデザインを追体験していく精神です。上手くても上手くなくても、一度自分の作品を発表してみること、これによって編物の楽しみは全く違ったものになるのです。
私達は、編図を手軽に描けること、これは編物デザインの発信と受信のバランスを変えるための重要なステップの一つだと考えています。





